美濃部達吉が、主張した説で、1912年ごろ
美濃部さんは、天皇は、国家の最高に位置する1つの機関でしかなく、天皇が力を振るえるのには制限がある(統治権はあくまで、明治憲法にしたがって行使する)という憲法学説を発表しました
[明治憲法>天皇]
それに対して、上杉慎吉という人が天皇の権力には制限なんてない、と反発したりもしました
また、天皇機関説が発表されて何年も経った1935年、菊池武夫という人が問題視したことで、美濃部さんが議員の辞職に追い込まれるという天皇機関説事件も起こっています
その際、時の内閣であった岡田啓介首相は、国体明徴声明というのを出して、天皇機関説を否認したりしました
余計な補足をつけちゃいました
もし日本史の選択者であったら
補足も覚えてくださいね!
教科書に載っている事項なので
わかりづらいかもしれません
国体明徴声明て
どういうことですか?(;▽;)